不動産鑑定士 五島 輝美
弁護士の参画を求めてスタートした「立退料の評価」の勉強会で、公的鑑定(裁判所鑑定)において、「正当事由を認めるための相当な立退料(表現ソノママ)」という鑑定事項は、正当事由の有無の判定を鑑定人に丸投げしているのに等しく許されないのではないか、との弁護士による問題提起を契機に「フル立退料」という摩訶不思議な鑑定概念に醸成された。
フル立退料(仮称であり、意味するところは賃貸借を終了させ、建物明渡しを求める正当事由が、極端に希薄な状態を前提とした立退料とのこと)を鑑定人がまず査定。これをベースに、正当事由を構成する基本的要因(当事者双方の建物使用の必要性)と補充的要因(賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況と建物の現況等)を考察のうえ、フル立退料からマイナス修正して、正当事由を補完する立退料を裁判官が決定する。
あまりに稚拙な思考である。フル立退料の前提となる正当事由が極端に希薄な状態を規定し、これを裁判官に具体的にイメージさせることが可能か?また、この弁護士の問題提起を裏付けするかの如き、次の発言も同時になされた。「立退料=借家権価格と考えると、立退料算定は不動産鑑定士のテリトリーであるが、立退料が借家権価格を基準とするものではないとすると、不動産鑑定に馴染まないのではないか」
この発言者は鑑定世界に全く不案内なようである。鑑定評価の本質(射程距離)を、すぐさま理解してくれとは言わないが、鑑定評価基準の解説書の「借家権」に関する部分を、虚心坦懐に読了していただきたい。そのうえで法律家による鑑定領域への立入に取りかかっていただきたいと忠告したが、弁護士業務が繫忙につき、それも許されないようである。このようなアホな議論をいつまでもしているようでは埒が明かないので、私はこの勉強会をgoodbyeした。
公的鑑定人(裁判所から選任された鑑定士)は、訴訟当事者から提出された訴状・答弁書・準備書面等(場合によっては担当裁判官からの事実認定の途中経過の報告)を分析し、当該事件における家主の正当事由を補完するに足る立退料にアプローチする以外にはない。査定された適正立退料に裁判官が法的判断を加えることにより、正当事由を補完(補強)するに足る立退料を提示するという民事裁判の原則のもとで、立退料の鑑定概念を固めていく以外にはない。
賃料改定の相当性の判断は法律家に委ね、鑑定士が提示した新規賃料をベースに裁判所が継続賃料(相当賃料)を判断すべしとする愚かな意見(新規賃料と継続賃料は次元を異にする概念であるということがその後理解され、今は影を潜めている)と同様の鑑定概念が、今も専門家と称する輩に生息していることに驚きを禁じ得ない。